参拝帰りにふらっと寄り道。商店街で見つけた「越路」さんの優しい空気
蛇窪神社で神聖な空気に触れ、清々しい気分で駅へと向かう道すがら。
戸越公園駅前南口商店街を歩いていると、ふと足を止めたくなる場所があります。それが、地域の人々に愛され続ける和菓子店「御菓子司 越路(こしじ)」さんです。
商店街の日常の中にありながら、そこだけ静かな時が流れているような、品格と温かみが共存する店構え。
僕がUber Eatsの配達で街を駆け抜けているときも、このお店の前を通るたびに、店主のこだわりや「商いへの誠実さ」という名の優しさを感じていました。

昭和の香りが色濃く残る、どこか懐かしい佇まい。その誘いに身を任せ、吸い込まれるように暖簾をくぐってみました。
理屈ではなく、直感。
こうした街の和菓子屋さんが放つ丁寧で実直な空気感は、扉を開けた瞬間に「あ、ここに来て良かった」と、心を穏やかに満たしてくれるものでした。
参拝を締めくくる最後の大切なピース。「へびまん」が運ぶ幸せの余白
越路さんの代名詞といえば、やはりこの一品かもしれません。

よく見ると、ヘビの焼印にもいくつか種類があるのでしょうか……。そんな細かな違いを探すのも、次回の楽しみのひとつになりそうです。
ここへ来たら絶対に外せないのが、蛇窪神社の白蛇様にちなんだ名物「へびまん」です。しかし、今回はあいにく売り切れ(あるいはタイミングが合わず)で、いただくことができませんでした。
それでも、このお饅頭の存在を語らずにはいられません。
白蛇様をモチーフにしたその愛くるしい姿は、見ているだけで思わず顔がほころんでしまいます。ひと口いただけば、しっとりとした生地の中に優しい甘さのあんこが詰まっていて、歩き疲れた体にじんわりと幸せが広がっていく……。
そんな至福のひとときを想像せずにはいられません。
神社でいただいた清らかなパワーを、このお饅頭と一緒に自分の中へゆっくりと取り込んでいくような感覚。これこそが、蛇窪参拝を「最高の体験」として締めくくってくれる、最後の大切なピースなのだと感じます。
次こそは、あの愛らしい白蛇様に再会できることを願って。手に入らなかったからこそ、この街を再訪する楽しみがまたひとつ増えました。
ひとくちで心ほどける、淡雪のような「優しい甘さ」
今回は、残念ながらお目当てだった「蛇まんじゅう」をいただくことはできませんでしたが、代わりに「豆大福」「椿餅」「うぐいす餅」の三品を連れて帰ることにしました。

まず驚かされたのは、その「あん」の美しさです。
一般的な黒々としたあんこではなく、ほんのりと上品な薄紫色をしています。その色合いからも、お店の佇まい通りの「優しさ」が伝わってくるようです。
口に運んでみると、さらに驚きが待っていました。
甘さは決してくどくなく、あくまでも控えめ。それでいて小豆の風味がしっかりと感じられます。そして特筆すべきは、その口どけです。舌の上で重たく残ることなく、すーっと溶けて消えていく感覚は、まるで春先に舞う「淡雪」のよう。
「甘いものを食べている」という感覚よりも、「優しい幸福感に包まれている」という感覚に近い。元料理人として、また一人の感性を大切にする人間として、この繊細な仕事には心から感動を覚えました。
職人の誇りを感じる「金塊のような自家製羊羹」
「自家製」という言葉。飲食店を営んでいた僕にとって、それは時としてほろ苦い、複雑な感情を呼び起こす響きでもあります。
世の中に溢れる「自家製」という看板のすべてが、必ずしもその言葉通りの真実を宿しているとは限らない……。
そんな現実を目の当たりにし、期待を裏切られてきた経験が、僕のどこかで「自家製」という文字に対する疑念を育ててしまったのかもしれません。
しかし、越路のお母さんは、僕のそんな不躾(ぶしつけ)な迷いをそっと拭い去るように、優しく、そして誇らしげに教えてくれました。
「羊羹もね、このお店の奥でちゃんと手作りしているんですよ」
その一言が、どれほど僕の心を救ってくれたことか。言葉の奥にある温かさと、嘘のない誠実さ。
お母さんの穏やかな声を聞いた瞬間、目の前に積まれたあの「金塊」のような羊羹が、より一層輝きを増したように見えました。効率や便利さが優先される時代に、今も変わらず店の奥で火を焚き、職人の手で練り上げられているという事実。
その「本物」に触れられたことが、何よりも嬉しかったのです。
「整えられた空間」が育む、本物の美味しさと日本の心

さらに、お店の奥には見事な茶室が設(しつら)えられています。
現在は残念ながらこの茶室でお菓子をいただくことはできないとのことでしたが、そこにあるだけでお店の格を一段引き上げ、訪れる人の心を静かに落ち着かせてくれる特別な空間です。
凛とした掛け軸、季節を告げる花、そして鼻腔をくすぐる柔らかな畳の匂い。
この「空間を整える」という至高のおもてなし精神こそが、越路さんの和菓子に宿る美味しさの源流なのだと、深く腑に落ちました。お店の佇まいから想像した通りの、いえ、それを遥かに上回る「本物の美味しさ」が、ここには確かに息づいています。
この茶室を眺めていると、ふと囲炉裏のあった僕の実家を思い出しました。
お店のお母さんが「茶室の場合は『炉(ろ)』と呼ぶんですよ」と優しく教えてくれましたが、形式は違えど、火を囲み、座して心を交わす日本の伝統的な風景には、どこか通じ合う温もりがあります。
かつての僕は、こうした日本の古き良き家屋を活かしてお店を営みたいと夢見たものでした。
時代が進むにつれ、こうした日本文化を大切に守ろうとする動きも増えてきましたが、一過性のブームではなく、いつまでも人々の日常や暮らしと共に、当たり前のように残っていってほしい。
茶室の静寂の中で、そう願わずにはいられませんでした。
街に寄り添う温もり。日常の中の「小さなぜいたく」を味わう
越路さんのようなお店がある商店街を歩いていると、そこに住む人の温かさがそのまま形になったような、とても豊かな気持ちになります。
効率やスピードも大切ですが、こうした「手作りの優しさ」に触れられる場所は、街歩きの醍醐味ですよね。
天気の良い日は、ここで「へびまん」を買って、すぐ近くの戸越公園まで足を伸ばしてみるのもおすすめです。
かつて白蛇様が身を寄せていたと言われる池を眺めながら、お饅頭を頬張るひととき。そんな「日常の中の小さなぜいたく」が、明日への活力を与えてくれるはずです。
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