「敷金が戻らないどころか、追加で12万円の請求書が届いた」
引っ越しの片付けも終わらないうちに届く、一枚の請求書。納得できないまま、言われるがままに払ってしまう人は少なくありません。
先に答えを書きます。退去費用は、全部をそのまま払う必要はありません。
契約で特別な取り決め(特約)がない限り、借主が負担するのは「故意・過失や、普通の使い方を超えてできた傷や汚れ」の分だけ。年月とともに古くなった部分や、日に焼けた壁紙まで負担する義務はありません。
私は賃貸の契約書類づくりなどの実務に携わる宅建士です。その目線から、高額な請求に慌てないための知識をまとめました。
原状回復は「入居した日に戻すこと」ではない
「原状回復」という言葉から、借りた日のピカピカの状態に戻すことだと思いがちです。そうではありません。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、原状回復を、借主の故意・過失や、手入れを怠ったこと、普通の使い方を超えた使用によってできた損耗を元に戻すことと位置づけています。普通に暮らしてついた傷や汚れを直す義務は、最初から借主にはありません。
民法621条で、はっきり法律になった
2020年4月に施行された改正民法で、このルールが条文になりました(民法621条)。
民法第621条(賃借人の原状回復義務)賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
大事なのは括弧の中です。普通に使ってできた傷み(通常損耗)と、年月による劣化(経年変化)は、借主が直す範囲から外されています。
敷金は「差し引いた残りが返ってくるお金」
敷金のルールも、民法622条の2で決まっています。
民法第622条の2 第1項(抜粋)賃貸人は、敷金(中略)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
敷金は、退去費用を取り上げるための預け金ではありません。未払いの家賃や正当な修繕費を差し引いて、残りを返してもらうお金です。返ってくるのは、部屋を明け渡した後になります。
ただし「特約」には注意
原状回復のルールは、契約で変えることができます。ただし、借主に通常損耗まで負担させるには、その範囲が契約書に具体的に書かれているか、口頭で具体的に説明され、借主が理解したうえで合意していることが必要です。特約の見方は、別の記事で詳しく書きます。
どこまでが借主の負担? 線引きの目安

貸主の負担になるもの(払わなくていいもの)
- 家具の設置跡:ベッドや冷蔵庫の重みで、床やカーペットにできたへこみ
- 日焼けによる壁紙の変色:日当たりの良い部屋で、日光により黄ばんだもの
- 冷蔵庫裏の電気焼け:冷蔵庫の背面の熱で、壁紙が黒ずんだもの
- 画びょう・ピンの穴:ポスターやカレンダーを貼るための、下地を傷めない程度の穴
どれも、普通に暮らしていれば避けられない変化です。次の入居者を募集するために、貸主側が直す費用にあたります。
借主の負担になるもの(払うべきもの)
- タバコのヤニ・臭い:掃除では落ちない壁紙の変色や、染みついた臭い
- ペットによる傷・臭い:柱や床のひっかき傷、染みついた臭い
- 結露を放置してできたカビ:結露に気づきながら放置し、シミやカビを広げたもの
- 壁のネジ穴・くぎ穴:画びょうを超える大きさで、下地まで傷めた穴
- 飲みこぼし・食べこぼしのシミ:こぼしたまま放置してできた、落ちないシミ
判断が分かれやすいもの
- 水回りの水垢・カビ:普段の掃除で落とせる程度を超えて、放置されたもの
- 換気扇やコンロの油汚れ:長いあいだ掃除せず、固まってしまったもの
これらは「きちんと手入れをしていたか」で判断が分かれます。退去の立会いでもめやすいところです。
知らないと損をする「経過年数」の考え方
自分の不注意で壁紙を汚してしまった場合でも、全額を払うとは限りません。そこで効いてくるのが「経過年数」の考え方です。
壁紙の価値は6年でほぼゼロになる
ガイドラインでは、内装や設備ごとに耐用年数の目安が示されています。壁紙(クロス)は6年です。
入居時に新しく張り替えてあった場合、入居から6年を過ぎると、壁紙の価値は帳簿上ほぼゼロ(1円)になります。そのため、借主の負担はかなり小さくなります。ただし、わざと壊したり、明らかな不注意で傷めたりした場合は、張り替えの手間賃などを求められることがあります。

負担するのは、傷のあった部分だけ
よくあるのが、壁の一部に小さな傷があるだけなのに、部屋中の壁紙の張り替え代を請求されるケースです。
ガイドラインでは、壁紙の張り替えは原則として㎡単位、広くても傷のある一面分までとされています。部屋全体の張り替え代をまるごと請求する見積もりは、一度疑ってみてください。

計算例:4年住んで壁紙を汚した場合
入居から4年が経ったときに壁紙を汚し、張り替えが必要になったとします。
- 耐用年数6年のうち4年が経っているので、残りの価値は約3分の1
- 張り替え代が3万円なら、借主の負担はその3分の1の約1万円
この仕組みを知っているだけで、請求額が何分の一かになることは珍しくありません。
まとめ
- 借主が払うのは、故意・過失や普通を超える使い方でできた傷や汚れの分だけ
- 日焼け、家具の跡、画びょうの穴は貸主の負担
- 壁紙は6年で価値がほぼゼロ。負担するのは傷のあった面だけ
- 敷金は、明け渡しの後に、差し引いた残りが返ってくる
- 特約がある場合は、契約書を見直す
納得できない請求が届いたら、まず明細を出してもらいましょう。それでも話がまとまらないときは、消費生活センター(局番なしの188)に相談できます。
ジカビーの一言
請求書は、受け取ったその日に払わなくて大丈夫です。まずは明細と契約書を並べて、この記事の線引きと照らし合わせてみてください。読んでも分からないところがあれば、LINEでお気軽にご相談ください。