この記事は、退去費用の2回シリーズの後編です。
- 前編:【退去費用が高すぎる?】全部払う必要はない。宅建士が教える「払わなくていい部分」の見分け方
- 後編:高い請求書が届いたら。特約の見方と交渉の5つの手順(この記事)
前編では、借主が払うのは「故意・過失や、普通の使い方を超えてできた傷や汚れ」の分だけ、という基本と、壁紙の経過年数の考え方をまとめました。
後編は、その知識を実際の請求書にあてはめる番です。
「線引きは分かった。でも、手元の請求書が高いのかどうか分からない」
「契約書に『クリーニング代は借主負担』と書いてある。これは払うしかない?」
「おかしいと思っても、管理会社にどう言えばいいのか分からない」
こうした声に答えるために、費用の目安、特約の見方、納得できないときの動き方、退去前の準備を順番に書きます。
退去費用の目安はどのくらい?
部屋の広さや汚れ方で大きく変わるので、「いくらが正解」という金額はありません。ただ、見積もりを見るときの物差しはあったほうがいい。項目ごとのおおよその目安を置いておきます。
| 項目 | 費用の目安 |
|---|---|
| ハウスクリーニング(ワンルーム〜1K) | 3万〜4万円 |
| ハウスクリーニング(1DK〜2LDK) | 4万〜7万円 |
| 壁紙(クロス)の張り替え | 1㎡あたり1,000〜1,500円 |
| フローリングの張り替え | 1畳あたり2万〜6万円 |
| 畳の表替え | 1畳あたり4,000〜9,000円 |
| ふすま・障子の張り替え | 1枚あたり2,000〜4,000円 |
※地域や業者、時期によって変わります。あくまで目安です。
明細は「単価×数量」で見る

見積もりを見るときは、合計額より先に「単価×数量」を見てください。
たとえば「クロス張替え一式 8万円」とだけ書かれていたら要注意です。何㎡を、1㎡いくらで張り替えるのかが分からなければ、それが傷のあった一面分なのか、部屋全体なのかも判断できません。「一式」の項目は、内訳を出してもらうのが第一歩です。
経過年数が引かれているか
もう一つ見落としやすいのが、前編で書いた「経過年数」です。単価も数量も正しいのに、年数の分が引かれていない見積もりは珍しくありません。長く住んだ部屋ほど、この差は大きくなります。
契約書の「特約」はどこまで有効?
前編で「特約の見方は別の記事で詳しく書きます」とお伝えしました。ここで詳しく見ていきます。

特約とは、ガイドラインの原則とは別に、貸主と借主のあいだで決めた個別のルールです。契約は当事者の合意なので、特約があるだけで無効になるわけではありません。ただし、本来は貸主が負担する通常損耗まで借主に負わせる特約には、条件があります。
ガイドラインが示す3つの条件
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、借主に特別な負担をさせる特約が有効になる条件として、次の3つをあげています。
- 特約の必要があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的な理由があること
- 借主が、特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕などの義務を負うことを認識していること
- 借主が、特約による義務負担の意思表示をしていること
最高裁も「具体的に書いてあること」を求めている
最高裁は平成17年12月16日の判決で、通常損耗の補修費用を借主に負担させるには、借主が負担する通常損耗の範囲が契約書に具体的に書かれているか、口頭で説明され、借主がはっきり認識して合意したといえることが必要だと示しました。
つまり、「原状回復費用はすべて借主負担とする」のような、ざっくりした一文だけでは、通常損耗まで払う根拠としては弱いということです。
よく見る特約の読み方
ハウスクリーニング特約
「退去時のクリーニング費用として〇〇円(税別)を借主負担とする」のように、金額が具体的に書かれていて、相場から見て高すぎないものは、有効とされやすい特約です。契約のときに説明を受けて合意しているなら、ここは払う前提で考えてください。逆に、金額の書かれていない「クリーニング費用は借主負担」だけの記載は、もめやすいところです。
敷引き特約(敷金から決まった額を差し引く)
最高裁は平成23年3月24日の判決で、敷引きの額が家賃などに比べて高すぎなければ有効としました。高すぎる場合は、消費者契約法10条により無効になることがあります。
「すべて借主負担」の特約
上の3つの条件や最高裁の考え方から見ると、通常損耗まで含めて払う根拠としては弱い書き方です。
東京で借りた人は「説明書」も見る
東京都では「東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例」(いわゆる東京ルール)により、宅建業者が契約の前に、退去時の費用負担の原則や特約の内容を借主に説明することになっています。契約のときにもらった説明の書面があれば、契約書と一緒に見直しておきましょう。
納得できない請求が届いたときの5つの手順

手順1:その場でサインしない。すぐに払わない
退去の立会いで、精算書へのサインを求められることがあります。内容に納得できないなら、その場でサインしなくて大丈夫です。「持ち帰って確認します」で構いません。請求書が届いた場合も、振り込む前に一度止まりましょう。
手順2:明細と写真を出してもらう
「一式」ではなく、どの部屋の、どの面を、何㎡、単価いくらで直すのか。内訳を書面かメールで出してもらいます。傷や汚れの写真もあわせてお願いすると、話が具体的になります。
手順3:契約書とガイドラインに照らし合わせる
明細を一つずつ、次の目で見直します。
- その傷や汚れは、通常損耗や経年変化ではないか
- 経過年数の分が引かれているか
- 張り替えの範囲は、傷のあった一面分までにおさまっているか
- 特約がある場合、金額や範囲が契約書に具体的に書かれているか
手順4:理由を添えて、書面で伝える
おかしいと思った項目は、「この項目は通常損耗にあたると考えます」「入居から〇年なので、経過年数を考慮してください」のように、理由をつけてメールか書面で伝えます。電話だけだと、言った言わないになりがちです。入居時の写真があれば、ここで添えます。
手順5:まとまらなければ、第三者に相談する
話し合いが進まないときは、ひとりで抱えずに外の窓口を使いましょう。
- 消費生活センター:局番なしの188(消費者ホットライン)で、近くの窓口につながります。
- 少額訴訟:60万円以下のお金の請求なら、簡易裁判所で原則1回の審理で終わる手続きが使えます。
実際には、明細と理由を示した段階で見直しに応じてもらえることも多いです。いきなり最後の手段に進む必要はありません。
これから退去する人へ。やっておきたい準備

入居時の写真を探しておく
入居したときの部屋の写真や、入居時のチェックシートがあれば、いちばん強い証拠になります。「この傷は入居前からありました」と言えるかどうかで、話が大きく変わります。これから部屋を借りる人は、入居した日に、床・壁・水回りを撮っておくことをおすすめします。
退去前に、自分でも写真を撮る
家具を出したあとの部屋を、明るいうちに撮っておきます。部屋ごとに全体を撮り、気になる傷や汚れはアップで。立会いでの言った言わないを防げます。
掃除は「普段の掃除」の延長で十分
退去前にプロ並みの掃除をする必要はありません。ただ、前編で「判断が分かれやすいもの」にあげた水回りの水垢や、換気扇・コンロの油汚れは、手入れ不足と見られやすいところです。
元料理人の私から一言いうと、油汚れは時間がたつほど固まって落ちにくくなります。退去の数週間前に、つけ置きで一度リセットしておくだけでも、印象はずいぶん変わります。
契約書を読み直しておく
特約の欄、敷金の額、退去の連絡期限(1か月前など)を確認しておきましょう。立会いの前に頭に入れておくだけで、その場で慌てずにすみます。
実務の目線から:請求する側の事情
最後に、賃貸の実務に携わる立場から少しだけ。
高い見積もりのすべてが、悪意から来ているわけではありません。修繕の見積もりは内装業者が出したものを、管理会社がそのまま借主に送っていることも多く、経過年数の計算や負担の区分けが抜けたまま届くことがあります。だからこそ、借主側から「ここは通常損耗では?」「経過年数は?」と確認することには意味があります。
そして話が早く進むのは、感情的に「払いません」と言う人より、明細を聞き、理由を示して、落ち着いて質問する人です。
一方で、自分でつけた傷や、タバコ・ペットの汚れまで「全部払わない」と言うと、話がこじれて長引きます。払うべきところは払い、払わなくていいところははっきり伝える。それがいちばん損をしないやり方です。
まとめ
- 明細は「単価×数量」と「経過年数」で見る。「一式」は内訳をもらう
- 通常損耗まで借主負担にする特約は、範囲が具体的に書かれ、説明を受けて合意したものでなければ根拠として弱い
- 金額が書かれたクリーニング特約は、有効とされやすい
- 納得できないときは、サインせず、明細をもらい、理由を添えて書面で伝える
- まとまらなければ、消費生活センター(188)や少額訴訟
ジカビーの一言
退去費用の話は、契約のときにほぼ決まっています。退去のときに慌てないためには、借りるときに特約の欄を読み、入居した日に写真を撮っておくこと。それだけで、もめごとの多くは防げます。
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